シンガポールは世界有数の教育国です。資源に乏しく、東京23区とほぼ同じ面積しかないこの国では「人材は最大の資源である」として、国家予算の16%(日本では5.5%)を投じ、教育政策に取り組んでいます。
子供の将来に向けての教育は就学前から始まっています。保育園・幼稚園から二言語(公用語の英語と母国語)によるプログラム(読み書き、音楽、野外活動等)を実施しており、さらに習い事に通っている子供もいるそうです。
その背景には小学校6年生から中学校へ進学する際に受ける試験の結果が、その後の人生を決定するとも言われている事情があります。受験した小学校6年生の約98%が中学校へ進学しますが、その結果により進路が決まり、現地の大学まで進学できるのは約3割といわれています。そのため、親は子供を少しでもレベルの高い小学校に入学させるべく、就学前から高い教育を受けさせているのです。
行政サイドでは、2013年3月まで幼稚園は教育省、保育園は社会・家族開発庁が所管していましたが、同年4月に、それぞれの関係部署が一つになった「早期幼児発達局」を設置し、全ての子供たちを対象に就学前教育を強化する施策を開始しました。
ところが近年では、このエリート育成教育への批判も見受けられます。今年3月には教育大臣が今後の教育方針として「学ぶ楽しさを育てること。起業家的な挑戦や深い技術と専門知識を高めることなどを教育の方針とする。学校はテストをするだけの場所ではない。」と表明。子供の長所や才能を最大限に生かすよう奨励し、多様性を重視した教育方針に転換すると発表しました。今後は、技術的・専門的な教育にも力を入れていくとのことです。
就学前教育においても、その方針が反映されています。教育省が示すカリキュラムでは、就学前教育の重要性を説くとともに、子供たちの好奇心を活かして、様々な体験や経験をさせ、創造的自己表現、自然観察力、運動能力の向上、読解記述力、数学的思考能力、社会的・感情的な成長の6つの学習領域を伸ばすことと記載されています。また、卒園時には、善悪の判断ができること、他人との関係を築けること、好奇心を持ち自ら探検できること、健全な状態で様々な芸術体験に参加し楽しめることなど8項目で一定レベルの成長を求めています。
保護者に対しては、学習域を限定せず、またアカデミックな能力育成に固執しないように求めており、保護者と先生の協力が子供の可能性を引き出す就学前教育に重要であるとされています。
ただ、教育省としても、実際に現在の教育システムが変革し定着するには、長い時間が必要だと考えているようです。
外国人労働者を抑制しつつある中、国民に専門的な技術者が少ないと言われているシンガポールにおいて、子供の多様性を伸ばし、エリート官僚だけでなく、技術者も育成していくという、この教育方針の転換は有効であると思います。
今後どのように変わっていくのか、注目していきたいところです。
(シンガポール事務所所長補佐 堀部)