「方言で話すのはやめましょう」と言われると地元に愛着を持つ人はカチンと来るかもしれませんが、これはシンガポール政府が過去に行ったキャンペーンの一つです。
シンガポール独立当初(1965年)国民の多数を占めていた中華系は、福建・潮州・広東などそれぞれ出身地の方言で話していました。そこでシンガポール政府は小さな国家の一体性を保つため「Speak Mandarin Campaign」(Mandarin= 標準的な中国語)を実施して言葉を統一しようとしました。政府による当時のテレビCMでは、商店の主人が色んな方言で話しかけられて「方言じゃ分からないよ!」と叫ぶコミカルなシーンや、いまだに多くの国民が覚えている有名なキャンペーンソングが放送されました。現在のシンガポールで中国語の方言を使う国民が1割程度しかいないことは、このキャンペーンの「成果」と言えるか もしれません。
「Courtesy (礼儀正しく) キャンペーン」:元々はシンガポール政府観光局 が外国人観光客を増やすため観光客に親切に接することを奨励する目的でしたが、1979年以降「隣人に優しくしましょう」、「老人を助けましょう」として社会的に広がっていきました。このキャンペーンのおかげか、今でもエレベーターを降りる時に「開」を押していると例外なくお礼を言われます。ちなみにシンガポールの人気マスコットキャラクター「シンガ」はこのキャンペーンから生まれました。
「Two is enoughキャンペーン」:いわゆる「ふたりっ子政策」で、人口増加が著しかった1970年代、出産を抑制する政策がとられました。当時のポスター写真は「一つのリンゴを持った二人の女の子」で、少ない収入(リンゴ)では二人しか養えないことを暗示し、男児欲しさに何度も出産することを牽制する意 図がありました。しかし、その後女性の社会進出等の要因も重なり、政府の狙いであった人口の 「安定化」の水準を超えて一気に「減少化」まで進み、日本と同様、少子化に悩まされるようになってしまいました。
テーマソングやマスコットキャラクターなどカジュアルな方法を多用しつつ、 個人の生活や習慣の領域に深く踏み込むようなキャンペーンを行ってきたシンガポール。それでいて確実に成果を上げてきましたが、経済発展やグローバル化と共に価値観が多様化してきた現代では、直接的に国民に訴求するキャンペーンは少なくなり、また手法についても、より国民に受け入れられ易いよう、柔らかくメッセージを伝える方向にシフトしてきているようです。
(シンガポール事務所所長補佐 加藤)