「カー・フリー」が目指す先

シンガポールでは、原則毎月最終日曜日の午前中に中央ビジネス地区等への自動車の進入を禁止し、国民が自由にサイクリングなどを楽しめる「カー・フリ ー・サンデー」が、一昨年から恒例となっています。「より車の少ない社会」 を目指す政府の取り組みの一環であり、活動的な国民生活スタイルの促進もその目的とされています。

公道でのウォーキングを楽しむ人のほか自慢の高級自転車を乗り付けるロードバイカーも多いのですが、自転車を持っていなくてもレンタサイクルのブース が多数設けられるので、家族で乗れる3人乗り自転車やマウンテンバイク等を手軽に楽しむことも出来ます。

また、道路脇の公園や広場では、「ズンバ」と呼ばれるエネルギッシュなフィットネスをはじめ、ピラティスやヨガなどの運動プログラム、子供向けミニサ ッカー大会等の多彩なプログラムが行われています。これらは、人々の目に触れる公共スペースで賑やかに実施することにより、運動を生活の一部として溶け込ませ国民の健康意識を高めるための政府による工夫でもあります。他方、週末は人通りが少ないビジネス地区店舗への誘客も、見逃せない効果となって います。

ところで、最近この「カー・フリー・サンデー」で急速に台頭してきたのが、 電動キックボードをはじめとするPMD(Personal Mobility Device)です。 日本のように原動機付自転車に該当するという解釈がなく、誰でも簡単に乗れることから、電動ユニサイクルなどとともにあっという間に普及しました。国内ユーザーは3万人に達していると言われており、既にフードデリバリーサー ビス業では不可欠な移動手段になっています。シンガポール政府は、公共交通による移動の「ラストワンマイル問題」へのソリューションとして、これらのPMDを前向きに捉えています。移動時間を短縮すれば、政府が目指す生産性の向上にも寄与することから、今年5月には他国に例を見ないPMDの安全対策と利用ルールに関する「アクティブ・モビリティー法」を施行し、その利用環境が整備されたところです。

先日の「カー・フリー・サンデー」では、家族で3人乗り自転車をレンタルしました。公道を家族でのんびりと走る中央ビジネス地区は見慣れたはずなのに新鮮でリフレッシュ出来ましたが、電動のPMDが我が物顔で追い越していく度に少 々居心地の悪さを感じました。シンガポールにおいて「カー・フリー」が目指す先は、必ずしもスローでヘルシーな社会というわけではないようです。

 シンガポール事務所 調査役 山谷