皆さんは、スポーツと聞くとどのようなイメージを思い浮かべますか。『爽やか』や『青春』など、クリーンなイメージを思い浮かべる人が多いのではないでしょうか。しかし、ここ東南アジアにおいては、スポーツに対し必ずしもそのようなクリーンなイメージを持っているわけではありません。
その一例として、タイの国技としても有名な『ムエタイ』があります。『ムエタイ』とはなんぞやと思われる人にとっては、キックボクシングと言えばお分かりでしょうか。いわゆる立ち技系の格闘技です。
日本の国技と言えば相撲であり、力士には地位や名誉といった社会的ステータスがあります。しかし、同じ国技と言われながらも、タイにおけるムエタイは、日本の相撲と一線を画しています。
私がタイの首都バンコクにあるムエタイの2大スタジアムの一つ『ラジャダムナン・スタジアム』にムエタイ観戦に行ったときのこと。まだ10歳にも満たないような少年がヘッドギアなどの防具も付けずに試合をしており、大変衝撃を受けました。その上、ムエタイの試合は賭け事の対象となっているため、試合を見る周りの大人たちが何やら大きな声で叫んでおり、会場は非常に殺気立っていたことを今でもよく覚えています。
バンコクのように経済発展が進んだ都心部においては、ムエタイのプロを志すタイ人は年々少なくなってきていると耳にしますが、タイの地方では、依然として子供たちがムエタイの試合に出場してファイトマネーを貰い、家計を支えるというケースが少なくないようです。
ムエタイは、13世紀のスコータイ王朝において、軍隊の実践格闘技として取り入れられていたと言われており、非常に歴史も長く、伝統あるスポーツです。しかしながら、先に述べたように、ムエタイは貧困層の人たちがする賭け対象のスポーツというイメージがあるため、プロのムエタイ選手といえども、タイにおいては決して社会的ステータスが高いというわけではないようです。
このようにタイにおいてムエタイは、あまりクリーンイメージがないというのが現状です。しかしながら、健康志向が高まっているシンガポールのようなタイ周辺の先進国では、ムエタイがダイエットや運動不足解消のスポーツとして人気が出てきており、老若男女幅広い人たちが日本でいうボクササイズのようにムエタイを楽しんでいます。かく言う私もここシンガポールにおいてムエタイを習っており、ポッコリ膨らんだお腹を少しでも凹ませようと汗を流しています。また、そのような場でかつてムエタイのチャンピオンだったような人たちがトレーナーとして活躍しています。
ムエタイのように、その国の経済情勢や文化により異なるイメージを持つスポーツがあるというのも、多様性のある東南アジアならではなのではないでしょうか。
(シンガポール事務所所長補佐 新海)