シンガポール事務所では、中小企業の海外展開促進に取り組む自治体の支援に力を入れています。所管国のなかでも、ベトナムは近年日系企業の進出先候補として注目を集めており、自治体の関心も高いと思われます。そこで、今後の自治体による中小企業支援の参考にするため、当協会三枝理事を団長とし、東京都中小企業振興公社タイ事務所の堀切川祐子所長及び東京都立産業技術研究センターバンコク支所の阿保友二郎支所長とともに、ハノイ、ホーチミン及び近隣の工業団地等における最新の状況について視察を行いました。東京都中小企業振興公社タイ事務所は、本年6月、ホーチミンに「Tokyo SME サポートデスク」、ハノイに「Tokyo SME サテライトデスク」を開設し、進出企業の市場や手続面にかかる相談に応じています。また、東京都立産業技術研究センターバンコク支所でも技術面での相談を受け付けており、アセアンに進出した企業を現地でサポートしています。今回の訪問では、各機関や企業において、両機関の積極的な活用も呼びかけました。
在ベトナム日本国大使館、在ホーチミン日本国総領事館、JETROハノイ事務所、ホーチミン事務所、及びJICAベトナム事務所では、ベトナムの概況および経済状況について話を伺いました。
ベトナムは平均年齢が約30歳と若い国であり、人口の数も順調に増加しています。また、現在の政治・社会情勢はベトナム共産党の一党独裁の中で大変安定しています。さらに、人件費の安さと市場規模及びその成長性がベトナム市場の魅力となっています。加えて、ベトナムは国民から政治家まで日本が大好きという親日国家でもあり、日本企業にとってはビジネス展開のしやすさに繋がっています。そのようなベトナムにおける日系企業の進出は目覚ましく、日本からの投資額は過去最高を記録しました。また、ホーチミン日本商工会議所の会員企業は約980社となり、上海、バンコクに次ぐ世界第3位の規模となったことに加え、ハノイ、ダナンの日本商工会議所会員企業数も合わせると、バンコクを抜いているとのことでした。
日本からの投資案件はほとんどが中小企業によるものとなっているそうです。製造業の進出は一段落し、三次産業による投資が増加しています。また、所得が上がり購買力も上昇しつつあることから、教育分野など、新たな業態の進出も増加しています。
進出企業に対する調査では、70%の企業が事業拡大方針であることがわかっています。その理由として、90%が好調な売上を上げているからとのこと。また非製造業では将来性に期待する意見も多いとのことでした。
他方、進出における課題となるのは、法・規制のあいまいさ、行政手続の煩雑さ、また政府の政策方針のあいまいさです。特に、様々な局面で賄賂を求められることは当たり前で、現地では皮肉を込めて「非公式手数料」と言われるほどだそうです。大使館等では企業があまりにもひどく賄賂を求められた場合に政府に改善を依頼することもあるそうですが、一時的に改善されるもののまたすぐに元に戻ってしまうとのことです。日系企業でコンプライアンス上賄賂対策をしていないとすべての手続が停止してしまうケースもあるそうで、企業は困りながらもある程度の対応が必要と割り切っているようです。
また、手続等の窓口が次の日には閉鎖されているようなこともあるようで、決して進出しやすい国ではないとのことでした。しかしながら、そのデメリットを上回る進出メリットを感じる企業が多く、現在の好調な投資状況となっています。
現地政府との意見交換のため訪問したハノイ市及びホーチミン市の人民委員会(市政府)では、いずれも日本企業の進出を歓迎するとの言葉をいただきました。国同士の関係が良好であり、ベトナム国内の市場も拡大している現在、日本企業の投資の好機を逃さないよう、両市とも最大の支援を行いたいとの意思を示しました。大使館、総領事館、商工会議所と連携して、進出企業の課題解決に取り組んでいるとのことでした。
日系機関によると、行政上の手続等について課題は大きいとのことでしたが、とはいえ現地政府の歓迎姿勢は企業にとって大きなメリットになると思われます。
現地では、工業団地を訪問し、実際にベトナムで事業を展開している企業も訪問しました。 先に述べたように、ベトナムでは賄賂が当然という文化であるため、その文化に馴染みのない日系企業にとっては、日系の工業団地に入居すると安心といえるようです。また、工業団地はインフラが安定していること、近隣企業と有益な情報交換が可能であることも魅力です。さらに、中小企業にとっては、日本国内では知り合うことの難しい大企業と繋がりができたという声もありました。
企業にベトナムの魅力を直接聞いたところ、宗教を背景とする価値観や生活習慣と言った側面が日本と比較的似ていることや、優秀な人材が豊富であることがあがりました。訪問した機械部品メーカーの工場では、ハノイ工科大学等、国内で有数の大学を卒業した人材を採用しているとのことでした。大学をトップで卒業した人材は大企業に就職するものの、ネームバリューの面で不利になりがちな中小企業であっても、30番から40番くらいの優秀な人材から選んで採用できるそうです。また、大手企業に採用されたものの、やりがいのある仕事を任せられずに転職の機会を窺っている優秀な社員を採用することも可能です。そのような優秀な社員は、日本人の指導者のレベルにすぐに追いつき、知識もあるため自分で工夫して改善していくことができます。その機械部品メーカーは、日本で人材確保が困難となることを見越してベトナムに進出してきたそうですが、今では日本人技術者を必要としない部署もあるとのことです。
企業が進出し、雇用が供給され、所得が向上するにつれてベトナム人の購買力も上がってきています。今までベトナムと言えば製造業が製造拠点を確保するため進出していましたが、近年では三次産業の進出も目立ちます。飲食、小売、宿泊といった業種のマーケットは、10年で4倍に拡大したとのことです。また、塾やダンススクール、フィットネスといった教育分野や、美容、医療分野の伸びも顕著です。今後、様々な分野でベトナムマーケットは拡大していくと思われます。JETROによると、手続面の煩雑さから市場の参入には苦労しますが、一度参入してしまえば先行者利益を得ることができる可能性もあるそうです。
ベトナムは南北に長い国であり、文化的にも歴史的にもハノイ、ホーチミンは異なる個性を持っています。両都市のニーズやトレンドにも差があるそうで、たとえば人気の車種が全く異なるそうです。そのため、ベトナム国内には2種類のマーケットが存在すると言えます。また、ベトナム市場のニーズは日本と大きく異なることも認識する必要があります。例えばスマートフォンの無料アプリでビジネスが行われているため、パソコン用の高価なソフトウェアへのニーズはありません。また、バイクに乗るときにヘルメットをかぶるため、化粧や立体的な髪型へのニーズは、さほどないそうです。参入にあたっては入念な市場調査が欠かせないでしょう。
ベトナムヘの進出を進めているのは日本企業だけではありません。特に韓国企業の存在感が大きいほか、ベトナム企業も大規模な工場を建設しています。また、今後は中国企業の進出も予想されています。そんな中で、優秀な人材の確保は喫緊の課題となっており、各企業は人材確保と流出を防止するための工夫を求められているようでした。活発な海外企業の動きに対抗するためには、迅速な意思決定も必要不可欠です。
また、ベトナムは労働者保護の手厚い国であり、従業員の解雇が難しいことから、賃金の状況に応じて従業員数を調整することは困難です。さらに、賄賂を求められたり、外国企業を狙い撃ちにした急な税金の値上げがあったりと、想定以上のコストが発生しやすい国でもあります。人件費の安さのみでベトナムに進出すべきではなく、優秀な人材の活用や市場への参入など、戦略的に進出計画を作成する必要があります。
今回のベトナム訪問では、各所で「ベトナムでは企業が考える以上にコストがかかる」という意見を耳にしました。すでにコスト削減のみでベトナムを選択する時期は終わったということですが、日本ではまだまだ人件費の安さを理由としてベトナム進出を考える中小企業が多いのではないでしょうか。
東南アジアの状況は日々変化しており、常に最新の情報を得ておくことが重要です。クレアシンガポール事務所でも自治体と地元企業にとって有益な情報を発信し、その活動を支援していきます。