北海道帯広市は、北海道の南東部に位置する十勝地域の中心で、人口約17万人の町です。農業を主要産業とする十勝地域の19市町村では、帯広市が中心となり自治体を横断して、シアトルのシリコンバレーにならい十勝地域を食産業が集積するフードバレーとする構想に2010年度から取り組んでいます。
今回はその取組の一環で、帯広商工会議所が2013年度からJICA草の根技術協力事業を活用し、十勝地域の地元企業が有する技術や経験を用いて、マレーシア・ケダ州に協力している地域活性化プロジェクトを取材しました。
マレーシア・ケダ州はタイと国境を接するマレーシア北部西岸に位置しています。マレーシア国内では「Rice Bowl」と呼ばれるほどの穀倉地帯で、まさに農業を主要産業とする十勝・帯広地域と重なる土壌があります。
和菓子製造販売の(株)とかち製菓では、イスラム教徒の戒律に従ったハラル認証を取得した大福をマレーシアに輸出するとともに、現地の原料を使って現地で本物の和菓子を作るためのパートナ—企業となるケダ州の菓子メーカーと本事業を通じて出会い、事業を推進しています。同社製品はハラル製品の国際展示会MIHASにおいて、ケダ州ブースの一画に十勝ブースを出展し、ナジブ前首相からおいしい大福とのコメントもいただいています。
また、ソーゴー印刷(株)は、本事業を通じてマレーシアからのムスリムインバウンドを受け入れる事業の多角化に取り組み、旅行業社として新規登録し旅行商品の企画・販売を行っています。
これまでの実績を踏まえ、ケダ州では今後3年間でフードバレーとかちをモデルとしたアグリツーリズムを推進し、ケダフードバレーの確立を目指し十勝地域と協力していくこととなりました。
今回の訪問は今後3年間の協力支援に関する覚書締結と、ケダ州開発公社から協力を依頼された施設の視察を目的に行われました。
最初に訪問した施設はAMAN AGRO BASEという果物と野菜を多品種栽培している農場です。農場はクアラルンプール近郊に位置していますが、ケダ州政府と協力してメロン栽培に取り組んでいます。農場はマレーシア版GAP(食品安全、環境保全、労働安全等の持続可能性を確保するための生産工程管理の取組)を取得しており、また、水や肥料を機械で自動的に与え、天候に応じてスマートフォンで量を微調整するなど、先進的な技術を導入していました。マレーシアには日本のように都道府県の農業指導センターが無いことから、農場を管理しているMarzuki Safieeさん曰く世界で初となるイチジクの栽培管理に関する本を書き、自ら技術の普及に取り組んでいるそうです。
続いて訪問した施設はLANGKAWI FARM SDN.BHD.というチーズ工房予定地です。イタリアで修行をしてケダ州ランカウイ島でチーズを作っていたIsmail Moradさんが、マレーシア農業省の支援を受け、クアラルンプール近郊の同省が管理する大学兼研修施設の敷地内にチーズ工房を開設することになりました。高温多湿なマレーシアではチーズ作りは困難を極めますが、その技術を習得したIsmailさんに白羽の矢が立ちました。十勝には40軒弱のチーズ工房があることから、加工技術のさらなる改良について協力の依頼がありました。ナチュラルチーズの工場が完成すればマレーシア国内で初となることから、マハティール首相も力を入れており、同事業に協力するということで帯広商工会議所訪問団が首相に直接挨拶をすることができました。
翌日からはケダ州の施設を訪問し、まずはSemeliang Village Resortという、鹿肉用の鹿を飼育しながら、動物との触れ合い、農業体験、宿泊施設を提供する観光農場を訪問しました。
続いてファダンバライ村にある精米工場を訪問しました。以前十勝地域を訪問したケダ州の方が、十勝地域の事業者が地域名である十勝を前面に押し出して商品を作られていることに感銘を受け、ケダ州の名前が付いたBeras Wangi Kedah(直訳するとケダ州の香る米)という地域ブランド米を作ることを計画し、マレーシア国内で初めてとなるジャスミン米栽培に取り組んでいます。こちらの米もマレーシア版GAPを取得しており、販売単価が以前の1kg6リンギット(約180円)から15リンギット(450円)に倍増したそうです。
この日最後に訪問した先はマッシュルーム栽培です。ゴム農家は雨の日には仕事ができないため雨季には収入が無くなり、また近年はゴム価格が下落していることから、収入対策としてゴムの木と木の間のスペースでマッシュルームを栽培する方法をケダ州として推奨しています。難点としては3日間しか日持ちしないことで、今後取り組む農家が増えた場合に備え、鮮度を持続させる技術向上について協力してもらいたいとのことでした。
一行は翌日、ケダ州政府開発公社との協力に関する覚書を締結。2019年から2021年までの3年間にわたる協力を誓い合いました。
今回の訪問を通じて、日本から協力支援できることはたくさんあることが分かりました。
例えばジャスミン米に関しては、先方からは輸出という話が出ましたが、まずはライバルであるタイのジャスミン米との食味比較をしたうえで国産品志向を持つクアラルンプールの富裕層をターゲットにした方が良いのではないか、規模の拡大を図るのであれば手作業で行っている米のラッピング作業を機械化する必要があるのではないか、という一般的な意見も有効なアドバイスになっているようでした。
また、鹿を中心とした観光農園についても、宿泊施設のトイレがホースのみでトイレットペーパーが付いていないイスラム式であった点も、今後外国人観光客を招くうえでは必須の改善点であると感じました。
なお、同事業のこれまで6年間の取組が成功の背景には、マレーシアのケダ州出身のシティ・アズミラさんを帯広商工会議所が採用し、イスラム教徒の方々に向けたビジネスをサポートしてもらっている点が挙げられます。また、アズミラさんの採用に際しては、帯広商工会議所の武田産業振興部長の熱心な説得が欠かせませんでした。地元の熱意と現地に精通した人材の協力、この2つが海外と連携する事業を成功させるための必須の要素ではないでしょうか。