愛知県教育委員会では、次期学習指導要領が目指す21世紀型スキルの育成のため、県立学校において全教員にタブレットPCを配備し、ICT支援員の試験的配置を行い、校内LANの整備を順次進めています。
上記施策の参考とするため、2019年8月26日から28日にかけて教育委員会ICT担当者がシンガポールの教育省とローカル校、日本人学校等の視察を希望されたことから、アポイントメント取得と同行支援を行いました。
まず初めに訪問した先はNanyang Girls’ High Schoolです。High Schoolという名称ですが日本の中学校課程であり、シンガポール国内でもレベルの高い公立中学校になります。
教育テクノロジー担当のMuhammad Imran Bin Hassan先生によると、2011年に東南アジアで同校が初めてApple社のiPadを授業に取り入れたそうです。今では生徒のiPad購入が義務化されており、授業はiPadを活用して行われています。
スマートフォンの活用やGoogle社のChromebookの導入も検討されたそうですが、スマートフォンはiPadより性能で劣り、Chromebookはキーボードがあるため持ち運びが不便ということでiPadが採用されたそうです。愛知県教育委員会の職員からは「日本ではキーボードが必須との議論があり我々はMicrosoft社のSurfaceを導入する予定だが、タッチパネルだけでは不便ではないのか」という疑問が出されましたが、Muhammad先生から「キーボードを使うのは『結果』を打ち込むときだけ。我々が重視している『どうアイディアを構築するか』という段階においてキーボードはあまり必要ない」との回答を受け、愛知県教育委員会の職員の皆さんは、日本とシンガポールの教育において重視する点の違いを実感していました。
また、授業でiPadを有効活用するためには、教師が活用方法を熟知しているか否かが重要ですが、同校ではiPad の専門家を学校に招いたり、Appleシンガポール支社でトレーニングを受けたりして全教員のスキルアップを図るとともに、教育テクノロジー担当が学会やTwitterで自分のアイディアを発表し、世界中のICT教員とより良いiPadの活用方法を研究しているそうです。「シンガポールの教員も日本と同様忙しいが、それを言い訳にすると進歩が止まってしまう」というMuhammad先生の言葉が強く印象に残りました。
次の訪問先は日本の高等学校課程を教える早稲田渋谷シンガポール校です。Google社が提供する学習管理ツールGoogle Classroomを活用して宿題を提出させたり、ポータルサイト等を利用して保護者への連絡をデジタル化したりといったICT対応が行われていました。
また、52台あるPCは従来の5年スパンでの更新を4年に切り上げたほか、全校舎に届くWi-Fiの整備、60インチテレビの各教室への配置、大型の教室への天井吊り下げプロジェクター配置などICT教育の充実に向けたインフラが整備されていました。
シンガポール教育省(MOE)では“ICT教育マスタープラン”について説明を受けました。1997年に第1次マスタープランを作成した後、6年ごとにプランを更新し、現在は2015年から始まった第4次マスタープランを実施中です。
教育省では各学校のレベルに応じた教員トレーニングプログラムを用意し、ワークショップ等を活用して教員一人ひとりがICTを使いこなせるように配慮しているそうです。
また、より良いICT教材を開発するため、全国のICT担当教員たちがコミュニケーションを取り合って試作アプリを開発し、試験的に教室で用い、反応が良いアプリはワークショップで全校に広めるというサイクルを用いており、実際に教員が開発した“wRite Formula”というアプリを使うことによって、子どもたちが自発的に科学をゲーム感覚で学ぶようになったそうです。
教育省では、今後はAIの教育利用が盛んになると予想しており、AI先進国である中国を何度も視察し、更に有効なICTの活用方法を学んでいるそうです。
最後の訪問先は日本人学校小学部クレメンティ校です。同校では約850人の生徒に対してChromebookを605台配置し、4年生からは1人1台貸与されています。授業でホームページを作成したり、下級生への説明スライドを昼休みだけで作成したりと積極的に活用されています。
また、教育版レゴマインドストームEV3を用いたプログラミング学習では、技術工学の専門知識の習得に偏ることなく、作業をフローチャートに落とし込み、プログラミング的思考を身に着けてもらうよう配慮されていました。
同校でもGoogle Classroomを用いた課題の提出や保護者への連絡配信を行っていますが、学校用の個人アカウントを新たに作成することから、個人情報に関する保護者の懸念はあまり無いそうです。
シンガポール公立中学校においてはICTが既に高いレベルで活用されていますが、シンガポール教育省はAI活用による更なるレベルアップを目指しています。
日本の教育に不安を持たれる方もいらっしゃるかと思いますが、Nanyang Girls’ High School のMuhammad先生が「シンガポールでも、年配の方を中心にICT教育の導入に抵抗している先生はいます。わずかな人数でも良いので、情熱のある先生をトレーニングすることから始めてはいかがでしょうか」とおっしゃっていましたので、情熱のある日本の先生に期待をしたいと思います。