2019(令和元)年11月14日、15日の2日間、「危機管理会議2019」がフィリピン・マニラにおいて開催されました。
本会議は、東京都が幹事都市を務める多都市間実務的協力事業「危機管理ネットワーク」の一環として各都市行政機関の危機管理専門家が集まり、取組事例の紹介や意見交換を行うものです。
毎年、当該ネットワーク参加都市が持ち回りで開催しており、今年で17回目となりました。
幹事都市として、毎年参加している東京都からは、東京消防庁・警視庁・総務局総合防災部がプレゼンテーションを行いました。2020年に開催されるオリンピック・パラリンピックに向けて、外国人対応に備えた国際化への取組み、SNS・AIを活用した災害対応、女性視点の防災ブックの作成、など時代の流れに即した取組みについて報告しました。今回、当事務所は幹事都市である東京都からの依頼に基づきその活動を支援しました。
1 会議の開催にあたって
今回の危機管理会議のテーマは「インターナショナル『バヤニアン』:災害時の協力」でした。『バヤニアン』とはフィリピンの言葉で、見返りを求めない協力精神を指します。
冒頭で開催都市であるマニラ首都圏開発庁長官より開会挨拶が述べられ、マカティ市副市長より祝辞が述べられました。
また、同日にフィリピンで行われた「National Simultaneous Earthquake Drill」という地震発生を想定した全国同時避難訓練の様子が会場に同時中継されました。
本訓練の目的は、フィリピン国民に災害への備えの文化を浸透させると同時に、地方自治体の緊急時対応計画とプロトコルの有効性を評価することです。
フィリピン全土で行われ、各省庁の職員などが参加しました。我々も、サイレンが鳴る間、頭をおさえてテーブルの下に隠れ、訓練に参加しました。
2 各都市のプレゼンテーション(一日目)
二日間の会議のうち、一日目はプレゼンテーション、二日目は関連施設の視察が行われました。
今回はメインテーマと別に4つのサブテーマが設けられ、テーマごとに代表者から発表が行われました。以下にその一部をご紹介します。
(1)官民連携の力~マニラ・ジャカルタの事例~
フィリピンは日本と同様、地震大国の一つです。マニラ首都圏では、将来的にマグニチュード7.2クラスの地震が起こると予測されています。
首都圏開発庁ではそれに備えた総合計画「オー・プラン・メトロ・ヤカル・プラス」を策定しており、この計画には、ライフラインや救助活動において民間事業者やボランティア団体などとの連携も組み込まれています。そのため今回は、官であるマニラ首都圏のみならず、民の立場から、フィリピンにおいて薬品の研究開発を行う機関や、マニラの水道会社など、関連する民間事業者からもプレゼンテーションが行われました。
また、フィリピンと同様、地震・洪水など多くの災害に見舞われるジャカルタでは、防災分野において行政と連携するNGOや民間企業の数は2016年には14でしたが、2018年には74まで増加しました。
気候変動により、もはや行政単独では太刀打ちできない規模の災害に対し、他機関とのパートナーシップが重要、と強く主張されていました。
(2)スマートシティの構築~新北・ソウルの事例~
新北市では、クラウドテクノロジーを活用した組織横断的なプラットフォームの構築により、非常事態に対する迅速な対応が実現しています。
具体的には、監視モニターによる情報集積で正確な災害の発生予測が可能となったり、Facetimeを利用した遠隔ビデオ通話の口頭指導により救命救助が行えるようになりました。同様に、ソウルでも119番通報時のビデオ通話の指令センターからの伝達により、病院到着前の回復が増加しているとのことでした。
(3)東京都の発表~2020年オリンピック・パラリンピックに向けて~
東京都からは東京消防庁総務部長、警視庁管理官、総合防災部課長から発表がありました。
東京消防庁ではすでにクレアの専門家派遣事業をはじめとして、ASEAN諸国と研修事業などで継続的な関係を構築しています。2019年度9月末時点で、海外からの視察受け入れ数は59か国521人となりました。
現在、東京消防庁では2020年のオリンピック・パラリンピックに向けて、更なる増加が想定される外国人観光客へ対応できるよう、日本語以外の5か国語による119番通報対応、英語対応救急隊、翻訳アプリ等の整備等を進めています。
続いて警視庁からは、AIを活用したSNS上の情報分析について発表しました。特に、災害時にTwitterなどのSNSで発信されるデマ情報は深刻な問題です。他国でも同様の問題が見受けられ、警視庁ではこうしたデマ情報を打ち消すために、フォロワー83万人を超える警視庁のTwitterで毎日情報を発信しており、その結果、今年8月にTwitterで発信した情報をまとめた書籍が発売されるまでに至りました。
総合防災部からは、東京都で行っている女性の防災人材育成などについて発表がありました。東京都が作成し都内の各家庭に配布している防災ブック「東京防災」に加え、第二弾として「女性視点の防災ブック」が作成されました。本誌では、度重なる災害により顕在化してきた避難所でのプライバシー問題などに切り込んでいます。
閉会式では東京都からの事務局報告、議長総括があり、最後に、「アジア危機管理会議2020」は台北で開催することが合意されました。
3 危機管理関係施設視察(二日目)
二日目は参加都市一行で、危機管理関係施設の視察等を行いました。
最初に訪れたマニラ首都圏開発庁メトロベースオペレーションセンターでは、マニラ首都圏内17都市の道路に設置されたカメラの映像をモニターで監視すると同時に、SNSも活用し、マニラ首都圏内の交通管制を行っていました。事故や火災が発生した際には、同センターから救急車を派遣したり、消防署へ情報提供を行います。
その後、パシグ市オペレーションセンターも視察しました。こちらではマニラ首都圏開発庁の所管外の道路について交通管制を行っています。パシグ市は独自で交通管制を行うことを選んだためこのような体制となっています。次に訪れたパシグ市所管の災害疑似体験施設にある消防隊員の訓練施設は、シンガポール民間防衛庁の施設を参考に建設されたそうです。
最後に訪れた、メラルコ(マニラ電力)は100年以上の歴史を持つフィリピン最大の民営電力会社です。同社では、SNSやアプリで情報提供を行うことで、災害時のコールセンターの混乱を緩和しています。
日本とのつながりとして、AOTS(一般財団法人海外産業人材育成協会)を通じて東京電力でトレーニングを受けたという職員もいらっしゃいました。
4 担当所感
近年、日本では異常気象による未曾有の災害が多発していますが、参加都市も同様の悩みを抱えており、もはや災害は一国で太刀打ちできるものではなく、地球規模で取り組まなければならない問題なのだと改めて実感しました。
また、今回印象的だったのはSNS・AIを活用した危機管理対策についての発表です。スマートフォンの普及により、SNSを活用した情報提供が可能となった現代らしい傾向だと感じました。一方で、SNSで発信されるデマ情報の深刻性は日本だけが抱える問題ではなく、SNSの発達による負の側面についても新たな対応策が次々と考えられていました。
意見交換会において、東京消防庁に対し、日本の防災対策についてお褒めの言葉を頂戴する場面もあり、来年ジャカルタで建設予定の防災館は日本のものを参考にしたので、ぜひ見学に来てもらい意見を頂戴したいというお誘いもあったようで、今後の連携強化が非常に楽しみです。
東京都の発表からは、2020年のオリンピック・パラリンピックに向けて、外国人対応・女性視点・SNSの活用など、これまでの危機管理対応のさらに一歩先を見据えた問題に切り込んでいることがわかり、ますます災害に強い日本になっていく未来に希望を感じました。
会議の最後にマニラ首都圏開発庁副長官から、「バヤニアン」という言葉について、次の通りお話がありました。「『バヤニン』はヒーロー、『ヤン』は集まり、を意味します。ここにいる皆さんは『ヒーローの集まり』です」。その言葉どおり、各都市の代表者達が、数多の災害に共に立ち向かうため、自国の知恵をふりしぼった成果を共有できた非常に実りある会議となりました。