クレアシンガポール事務所では、より自治体にとって有意義な現地情報を発信するため、マレーシアを拠点に活動している広告代理店とコラボし、自治体のインバウンド事例についてご紹介しています。今月号のテーマは、「富裕層旅行社が求める「コト消費」」についてです。
Vector Marketing PR Malaysia 金子 美穂
2019年5月27日~30日、シンガポールにおいて、世界で最も権威あるラグジュアリートラベル商談会ILTM(International Luxury Travel Market)が開催され、JNTOが初めてブースを構え日本の富裕層向けコンテンツを世界中のバイヤーやメディアにPRしました。
近年はオーバーツーリズムの観点からも、訪日旅行者の数を増やすことよりも、1人1人の消費額を上げたい、そのためには富裕層に日本を訪れていただきたい、というニーズが高まっています。
一般に富裕層とは「資産額が1億円以上」と定義される場合が多いのですが、JNTOでは富裕層市場を、「費用制限なく満足度の高さを追求した高消費額旅行を行う市場」であること、「旅行先における消費額が100万円以上/人回」であることとしています。
また、ILTMの事務局によると、全世界の旅行者のわずか3%に当たるハイエンドトラベラー(ハイエンドとは「最上位」を意味し、ハイエンドトラベラーとは最高級、最高品質の旅行を求める人々)が、全世界の旅行消費額全体の4分の1を占めていると言われています。
JNTOは、富裕層を取り込むことのメリットとして、日本での消費額が増えることはもちろん、その旅行スタイルに憧れるマス層への波及力も挙げています(https://action.jnto.go.jp/report/2129)。
近頃、「クレイジー・リッチ!」という、シンガポール富裕層の生活を描いた映画が話題になりました。
その映画の登場人物からも分かるように、東南アジアの富裕層は日本の富裕層と比べて若いです。
総務省発表の2018年「家計調査報告(貯蓄・負債編)」(https://www.stat.go.jp/data/sav/sokuhou/nen/pdf/2018_gai4.pdf)にもあるように、日本では「富裕層=高齢者」のイメージがありますが、東南アジアでは富裕層の64%は40歳未満、さらに24%は25歳未満です。(https://www.bcg.com/en-sea/publications/2018/beyond-crazy-rich-mass-affluent-southeast-asia.aspx)
また、彼らはデジタルネイティブ(インターネット環境が整ったころに育った最初の世代で、パソコンよりスマホやタブレットを駆使する。LINEで友人と繋がり、TwitterやFacebookも好む。情報の収集はSNSがトップ。)であり、Google HomeやAmazon Echoを使った快適なIoT環境に慣れており、ホテルへのこれらのデバイスの設置や、予約をSNSで済ませられるなどの各サービスへのデジタル対応を求めています。
当然、情報源はデジタル(SNSを介しての同質コミュニティからの口コミを含む)で、ビジネスオーナーの割合も高くなります。
近年はシンガポールの一般的な旅行客でも、「ミシュランレストランを必ず旅程に入れるツアー」が旅行トレンドの一つですし、日本でコーディネートできる友人を持つ人は、「ミシュラン3ツ星や一見お断りの店だけのツアー」をアレンジしていると聞きます。
また、旅行会社に手配を依頼するときは、「観光客の少ない、特別な体験や貸し切りを希望。予算は1人100万円で計10人の旅行」というようなオーダーをする場合も多く、なかなか既存のグループツアーの枠にははまりません。
先述したILTMによると、彼らの目的は、消費することではなく、特別体験や旅を通じて自分の人生をより豊かにする点にあります。
例えば日本では、厳かな本物の座禅や、由緒ある家元でお茶を習うプログラム、酒造を訪れてその地域の歴史や人々の暮らしに溶け込めるような体験が人気です。
また、ILTMのHPからは今後のトレンド傾向が分かります。
「自然と一体化できるようなアクティビティ」「マインドフルネス」「地域への溶け込み」などがポイントとなっており、一般的な観光旅行から離れて、自分を高める特別な経験が人気になりつつあります。
近年は「ヘルスツーリズム」への注目が高まってきており、「インドのアーユルヴェーダおよびヨガ」「中国の伝統的な医療(漢方など東洋医学)」「日本の森林浴」が注目の旅行先として挙げられています。
実際、「Forest Bathing」で検索すると、日本の森林浴について書かれた英語の記事が多く出てきます。
※英語圏では旅先でのヨガやフィットネス、瞑想、交流、健康食を通じて心身のリフレッシュを目指す旅のスタイルを「ヘルスツーリズム」とは言わずに「ウェルネス(Wellness)ツーリズム」と言います
ただしこれらは必ずしも日本の旅行会社が売りやすい形態(パッケージ)になっているわけではありません。自治体が発掘したり地元の名士と連携したりする必要があります。
例えば、弊社では、京都の「普段は一般公開しない寺社仏閣の貸し切り公開」、「誰もが知っている有名寺社仏閣での特別ディナー」のアレンジをしておりますが、これは日本の旅行会社ではアレンジできないことが多いです。なぜなら日本人でもなかなか体験できないもので、これには地域との強力なコネクションが必要になります。
しかしこれらの超限定的(エクスクルーシブ)な体験こそが、富裕層が求めているものなのです。これらの富裕層向けコンテンツは、自治体が地元と連携し作り上げ、ターゲット市場にPRしていく必要があります。
日本でも2019年からいわゆるラグジュアリーホテルが開業ラッシュとなり、京都にはアマン、パークハイアット、エースホテル、ニセコにはパークハイアット、リッツカールトン、沖縄にはハレクラニ、ヒルトン、そして東京には東京エディションやキンプトン、ブルガリ、ランガムホテルなど日本初進出の外資系ホテルも含め2024年までに多くの開業が予定されています。
また、各自治体やDMOは富裕層向けに下記のような取り組みをしているところもあります。
① 仙台のDMOインバウンド富裕層に向け新しい体験コンテンツ
観光事業を展開する「株式会社インアウトバウンド仙台・松島」による仙台空港を出発するヘリコプター運行サービス。これは訪日客の富裕層をターゲットにしたインバウンド施策で、2020年の東京オリンピックや2025年の大阪万博で訪日熱が高まる中、旅行消費額の大きい顧客を狙い撃ちして観光事業の活性化を図るもの。ヘリコプターで上空を遊覧できる日本でも珍しいサービスのため価格設定も高くなりがちで、あまり多くの顧客を見込めないが、値が張ってでも充実した旅行を求めるインバウンド富裕層に向けた集客を行う。
https://inboundnow.jp/media/news/7265/
https://www.inoutbound.co.jp/
② 静岡県 新たな観光素材の開発およびPR
東京で開催された(2016年)、ラグジュアリートラベル専門の商談会「ILTM JAPAN」では、富士スピードウェイでレーシングカーの製作や試乗、自動車レース「インタープロトシリーズ(IPS)」などに参加するプランを発表。料金は、レーシングカーの保管費用など込みで、約5000万円から。制作したレーシングカーは持ち帰ることも可能で、持ち帰る場合に必要となるカスタマイズ費用などは応相談。
「レースの際には家族や友人とともに静岡を訪れ、1週間から2週間滞在してもらいたい」とし、同行者向けの体験プランもあわせて提供していく方針。IPSは年に4回、土曜日と日曜日の2日間にわたり開催されていることから、年に4回、富裕層に静岡県を訪問してもらう機会ができることを狙う。
http://www.travelvision.jp/news-jpn/detail.php?id=71966
③ 京阪神堺四都市外客誘致実行委員会 富裕層を対象にした観光プロモーション
京都、大阪、神戸、堺の4市で組織する「京阪神堺四都市外客誘致実行委員会」は、富裕層を対象にした観光プロモーションを実施。富裕層向けコンテンツを掲載した英語版パンフレットを1万部ほど作り、旅行会社や海外の旅行博で配布。また、富裕層を顧客に持つ旅行会社に的を絞りファムトリップを実施。包丁づくり体験(堺市)や灘の酒蔵見学(神戸市)、新世界など下町散策(大阪市)、坐禅体験(京都市)などを通じ、4都市の魅力を体感していただいたほか、ラグジュアリークルーズの乗船客を対象としたエクスカーション造成会社も招き、各都市を巡ってもらうファムトリップを実施。
https://www.city.osaka.lg.jp/keizaisenryaku/page/0000209377.html
先述したシンガポールでのILTM(International Luxury Travel Market)では、さまざまな国が、日本は富裕層が訪れたい国のトップであると話しておりました。
JNTOは「Luxury Japan」(https://www.japan.travel/luxury/)というHPと施設紹介の冊子(https://partners-pamph.jnto.go.jp/simg/pamph/238.pdf)を用意しており、メディアの興味も大変強いものでした。
ただし海外メディアからは「何を発信したかったのか」があまり明確でなかったとの指摘も受けました。
会場での質問には下記のようなものが多かった中、全てに回答することは難しく、特に富裕層向け施設への問い合わせは、「冊子を見て、興味があったらメディアから問い合わせてください」という状況でしたが、より効果的な方法があったのではないでしょうか。
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・富裕層にオススメの今、もしくは今年注目するべき日本のまだ知られていない観光体験は?
・まだ多くの観光客で溢れていないエリアはどこですか?
・ウェルネス、アドベンチャーなどのテーマにあうオススメの観光スポットはありますか?
・九州地方や東北地方の魅力はわかりますが主要都市からの交通アクセスは英語対応ですか?
・日本政府が富裕層旅行者誘致のために行なっている取り組みを教えてください。
・2020年のオリンピックに向けて特に富裕層を受け入れるための試みはありますか?
・宿坊体験、備前の刀作りなど、富裕層向けの体験を提供している場所では英語対応は可能ですか?
・Luxury Japanに掲載されているような場所を取材するにはどこへ問い合わせたらよいですか?
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これらの冊子に掲載されている施設やアクティビティや自治体は、広報担当を立てるか英語可能な連絡先を明記し、取材や問合せに応えられるようにすることが必須です。
もしくは、ターゲットとしたい市場にレップ(販売や広報の代理店)を構え、そのレップから説明できるように体制を整えることが継続的なPRに繋がります。
私たちがPR活動を展開している東南アジアでは、メディアやセレブリティから「今度日本の○○地域に行くのだけども、バーター(交換条件や抱き合わせなど、自分のメディアやSNSで発信する代わりに宿泊などのサービスを提供してもらう手法)で泊まらせてもらえるラグジュアリー旅館はあるか?」と頻繁に連絡を受けます。
そして、お手伝いしている自治体やラグジュアリーホテルをメディアへ紹介し、通常のタイアップでは数百万円する記事を、宿泊提供だけで書いていただくようにしています。
メディアにとってそのホテルの問い合わせ窓口は私たちだと分かっているので、取材取り付けもスムーズです。
ホテルだけではなく、その周辺の体験コンテンツ、レストラン、観光地以外の美しいスポットなどに「地域との一体化」「ウェルネス」などのテーマ性を設けて、良質なメディアに体験取材いただくことで、多くの富裕層に知ってもらうことが可能になります。
富裕層向けインバウンドの担当者は、ぜひ一度富裕層向けのコンテンツを体験してみてください。
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【クレア担当者の所感】
上記の例のように富裕層向けに独自の取組を進めている自治体がある一方で、対応できる宿泊施設や交通手段が不十分だという理由で、呼び込みに消極的であったり、自信がなかったりする自治体も多いようです。
JNTOによると、富裕旅行者の志向について、大きく分けると、「高い快適性」「サービスの質の高さ」などを重視する従来のClassic Luxury志向(従来型)と、若い層を中心に拡大する、「本物の体験」などを求めて自分が興味・関心を持っているものに集中してお金を使うModern Luxury志向(新型)の2つに分けられます。
また、消費性向(旅行タイプ)にも多様化がみられ、オールラグジュアリーという旅行のすべての費目で高額消費を行うタイプと、セレクティブラグジュアリーという優先度の高い事項に重点的投資するタイプに分けて捉えることが大切だと指摘されています。後者は、例えば、寝るだけの宿泊先には特にこだわらない一方で、芸術や自然など、自分が価値を見出す体験にはお金に糸目をつけないようなタイプです。(https://action.jnto.go.jp/report/2129)
これらのModern Luxury志向やセレクティブラグジュアリーに目線を向ければ、今まで自治体や地元が富裕層向けと思っていなかったエリアでも、十分に富裕層向けの観光資源を開発し、活用することが可能ではないでしょうか。むしろ、小規模な自治体でも、誘客に対する意気込みがありかつ地元と密着している場合、柔軟性があり臨機応変に対応できるという点で、富裕層にアプローチする際の強みにもなり得ます。
他方で、上の記事でも指摘されているように、取材や問合せ等に対応できる言語能力を備えた体制を整えることは、富裕層向けに限らずインバウンド全体に言えることですが、せっかくの魅力的なコンテンツを売り出すうえでも、今後ますます力を入れていく必要があると感じます。
今後、ターゲットをより明確に定め、地元コミュニティや事業者とも協力しながら地域の魅力を再確認することで、自信をもって誘客に取り組む自治体が増えることを期待します。
クレアシンガポール事務所
所長補佐 白井 万智子(広島県からの派遣)
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【記事配信元】
総合PR会社 株式会社ベクトル
https://vectorinc.co.jp/
〒107-0052 東京都港区赤坂4-15-1 赤坂ガーデンシティ18F
代表取締役 西江肇司
設立:1993年3月30日
資本金:2,195百万円(2018年8月31日現在)
連結社員数:約1300人
事業内容:PR企画立案及び実施/PR業務代行・コンサルティング/ブランディング業務/
IRコミュニケーション/キャスティング/リスクマネジメント業務/マーケティングリサーチ業務/
イベントの企画・実施/SNSコミュニケーション/マーケティング
海外支社:香港/上海/北京/深圳/韓国/台湾/インドネシア/ベトナム/マレーシア/タイ