プノンペンの奇跡よ再び、カンボジアに広がる北九州市の上下水道技術

 北九州市とカンボジア・プノンペン都は2016年に姉妹都市となるなど深い絆で結びついていますが、これは、長年に渡り北九州市がカンボジアで行ってきた水道分野における技術協力と貢献の歴史があったからに他なりません。今回、シンガポール事務所ではカンボジア・プノンペン都を訪問し、北九州市の現地での活動について取材を行ってきました。

1 カンボジア・プノンペン都とは

 カンボジアと聞いて、皆さんは何を思い浮かべますか?「貧困」「内戦」「地雷」「危険」、こんなイメージが先行する方もいらっしゃるかもしれません。しかし、カンボジアでは急速な経済発展が続いており、2010年から18年までのGDP成長率は年平均7%にもなります。近年は、とりわけ中国からの投資が過熱し、首都プノンペン都では高層ビルの建設ラッシュが進むなど、カンボジア経済は当面好調が続くものと見られています。
 カンボジアにおける一人当たりGDPは1,509US$(2018年)ですが、プノンペン都だけに限ると、4,000US$クラスの世帯も増えてきていると言われています。

2 カンボジアと北九州市の関係                                                       

 カンボジアに限らず、経済発展を遂げるASEAN各国にとって、深刻な課題となっているのが環境問題です。日本でも高度経済成長期、大気汚染や水質・土壌汚染などの公害が発生し、大きな社会問題となりましたが、現在のASEAN各国では、その頃の日本と同じような問題が起こっています。日本人がASEAN各国を旅行するときに、水道の水は直接飲んではいけないというのは半ば常識のように言われています。しかし、プノンペン都では、驚くべきことに、そのまま飲用可能な水質の水道水が提供されています。経済発展著しいカンボジアにおいて、「プノンペンの奇跡」とも称される程の水質管理を支えてきた存在、それは日本の自治体である北九州市でした。

 カンボジアでは1970年代後半からの内戦を受けて上水道施設が破壊され、人々に安全な水の提供が行われていませんでした。こうした状況を受け、JICAが1993年にカンボジア事務所を設立するなど国際協力を行ってきましたが、1999年から北九州市もプノンペン都へ専門家を派遣し、水道施設の運転・維持管理に携わるなど、水道分野での国際協力を行ってきました。プノンペン水道公社(PPWSA)とタッグを組み、地道な技術支援を続けた結果、水道水質が飲用可能になるとともに、給水率(1993年:25%⇒2006年:90%)、給水時間(1993年:10時間⇒2006年:24時間)、無収水率※(1993年:72%⇒2006年:8%)などの劇的な改善が見られました。
※浄水場から家庭に届くまでに漏水・盗水等で失われる無駄な水の量

 こうした貢献がきっかけで、2015年にカンボジアのフン・セン首相からプノンペン都と北九州市との姉妹都市について提案があり、2016年の姉妹都市協定の締結に至りました。

3 上水道分野における技術協力

 北九州市のカンボジアにおける水道プロジェクトはいくつかのフェーズに分けられます。

 前述のプノンペンでの飛躍的改善はフェーズ1と位置づけられ、PPWSAの職員に向けて水道施設運転および維持管理能力向上のための技術移転等を実施してきました。

 2007年から2012年まではフェーズ2として、カンボジアの地方8都市の公営水道事業体に対象を広げ、上水道施設の運転・維持管理能力向上を目的とした支援が行われました。その結果、各都市で水質が大幅に向上し、無収水率も30.5%(2006年)から、17.4%(2011年)にまで改善しました。

 2012年から2017年はフェーズ3として、地方8都市の公営水道事業体が安定した経営を行う体制を整えることを目的として、経営管理計画の策定や人材育成マネジメント能力の向上支援がなされました。

 そして新たに2018年からは「水道行政管理能力向上プロジェクト」と称し、2022年までの計画で、カンボジアで水道行政を担当する工業・手工芸省・水道総局職員の能力向上、水道総局の組織体制の強化や職員の人材育成に係る仕組みの整備等を通して、水道総局が水道法令を施行できるための能力強化を図ることとしています。

 シンガポール事務所も今回、PPWSAを訪問し話を伺ったところ、総裁・副総裁は日本でも研修を受けたことがある知日派であるとともに、こうした日本の技術協力に深く感謝しており、近隣諸国へも技術・経験を共有するなど地域全体の技術向上にも貢献しているということでした。こうした技術協力関係が二国間だけにとどまらず、ASEAN全域の環境問題解決に繋がっていく可能性も示唆される訪問となりました。

4 下水道に広がる両都市の絆

 カンボジアと北九州市の関係は上水道事業だけでなく、市民の暮らしに密接した下水道分野にも広がりを見せています。プノンペン都の水道は北九州市の技術協力で劇的に改善しましたが、急速な都市開発が進み、近年は水環境や浸水の問題が顕在化しています。このため、2017年、プノンペン都と北九州市は下水道分野の技術協力に関する覚書を締結しました。下水道関連の人材育成やポンプ場などの関連施設の運転・維持管理技術の移転に加え、環境教育や市民への啓発活動にも取り組んでいます。

 プノンペン都には下水処理場がなく、下水道整備の遅れが目立っています。こうした水環境改善へ向けた整備を進めるため、北九州市は2019年4月から下水道職員の長期派遣を新たにスタートしました。本格的な下水道事業の立ち上げに向けた、法制度策定や組織体制構築の支援及び下水道事業を計画する職員の能力強化により下水道整備の促進を支援しています。

 我々も実際に下水が流れ込む街中の水路や湖を視察しましたが、下水から発生するガスで悪臭がするほか、水質も黒く濁っており、とても衛生的と言える状態ではありませんでした。定期的に水路の清掃は行っているとのことですが、それでは十分ではなく、湖の自然浄化能力も都市化のスピードに追い付いていないため、早急に下水処理場の建設が必要な状況です。

 北九州市から派遣されている職員の方に伺ったところ、「プノンペンは雨水排水管の整備が順次進められているので、街中で下水があふれる状況は改善されてきており、また下水による病気が流行ることも目立っていないため、市民一般にプノンペンの水環境問題への関心、危機意識の低さがある。現地の人は水路や湖が濁り切った、その状態に慣れているため、今後事業を進めるためには意識の転換が重要だ」と仰っていました。近い将来、下水道分野においても「プノンペンの奇跡」が起きるのか、注目していきたいと思います。

5 今後の展開

 今回、カンボジアに事務所のある複数の日系機関にも話を伺う機会がありましたが、その度に北九州市の技術協力の話が話題となるなど、現地における北九州市のプレゼンスの高さに改めて驚かされました。北九州市が海外でこうした技術協力を進める背景には「市役所職員の人材育成」「都市のPR・ブランドイメージ向上」「地元企業の海外ビジネス展開」などの目的があるとのことです。今後も技術協力によってカンボジア社会に貢献するとともに、地元企業の海外ビジネス展開が進む、Win-Winの関係が続いていくことが期待されています。

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