昨年5月の政変後、民政復帰に向けて憲法改正手続が進められているタイでは、同時に地方自治制度の見直しも政府内で検討されています。そこで、日本の市町村合併の経験及び税財政の知識を学び参考にしたいというタイ政府の希望により、当事務所は、2015年5月18日、タイ内務省地方自治振興局(DLA)と協力して、タイの地方行政の一線で活躍している幹部職員を対象とするセミナーを開催しました。当日は、DLAの地方事務所、地方分権3団体、地方分権推進委員会の代表者など91名が参加しました。
タイでは、社会経済の発展に伴い、1990年代以降、徐々に地方分権の動きが活発になってきました。タイの地方行政機構は複雑であり、まず、広域行政圏を監督する行政組織として、内務省から派遣される官僚が知事となる県、その下に郡があります。さらにその下にはタンボン、そしてムーバーン(村)があります。
その一方で、地方自治体としては、広域自治体として県自治体(PAO)が、基礎自治体として、都市部にテッサバーン及び農村部にタンボン自治体(TAO)がありますが、それぞれ上述の県知事及び郡長の監督下にあります。現在、タイには7,700以上の地方自治体がありますが、その平均人口は7,800人程度と、日本に比してかなり小規模なものになっています。
当事務所の足達所長の開会挨拶に続き、イエムサン・チャンナDLA副局長が、タイ側のトップとして登壇しました。チャンナ副局長は、現在のタイの地方自治における課題として、自治体間の格差、歳入の確保、行政の運営体制を挙げました。そして、これらのテーマに基づいて、本日の講義及び地方自治の現場目線を踏まえて、グループ討論し、DLAに提言してほしいとの趣旨を明らかにしました。
講演は日本の政策研究大学院大学から2名の研究者を招聘して行われました。まず、横道清孝副学長が「日本における地方制度改革と市町村合併」について、引き続き、高田博史教授が「日本の地方財政制度」をテーマに、それぞれ講演を行いました。
セミナーを通じてタイ側が興味を持った日本の地方自治の特徴は、正確な決算統計の存在、国税と地方税の税目の多くが重複しているため徴税効率が上がっている点、そして、法的強制のない市町村合併の推進でした。そして、以上の各点において、広域自治体の果たす役割が重要であることが確認されました。
その後、質疑応答では、足達所長による総括の後、フロアから積極的に質問の手が上がり、
講師がそれに対して真摯に答えるセッションとなりました。
最後のセッションでは、タイ政府側の希望により、冒頭のチャンナ副局長の提示した課題への対応策として、市町村合併、広域連携及び課税の効率化の3つのテーマに分かれて、活発なグループ討議が行われました。そして、この討議結果の発表を受けて、講師が講評するという、双方向性を重視したものとなりました。
住民の納税への理解促進や、徴税のインセンティブ、滞納者への罰則運用、地域の特徴に合わせた税率設定等諸制度の見直し、予算決算数値の正確化
市町村立施設の活用の効率化、単独ではできない業務について広域連携センターの設置、センターの議員・構成員の専門性の向上、議員任期・手当額等手続の明確化
2,000人以下の市町村の合併を推進、1自治体当たりの人口規模を7,000人位に、人口や交付税額の明確な基準、合併に係る交付税・職員数・格上げ(TAOからテッサバーンへ)等のインセンティブ、市町村職員や住民の理解の強化対策
DLA幹部の本音としては、日本に学ぶことは多いが、民族性の違いや地方の人材面の課題から、そのまま導入することは難しく、タイの現状に合った形で導入していくことが必要、ということのようでした。とはいえ、地方行政の一線で活躍する幹部に、日本の事例を基に真剣に考え、議論する場ができたことで、本セミナーが極めて有意義なものとなった、と高い評価を得ました。
今後、タイ側から更に具体的な情報を求める声が上がってくるかもしれません。本セミナーを通じて、日本の地方自治体の経験は、日本国内においては当たり前のことであっても、タイなど地方自治の発展途上にある諸国にとっては、きわめて有意義な情報となることがわかりました。
今後とも、CLAIRシンガポール事務所としては、タイ国内の地方自治体間の連携交流がいっそう推進され、地方自治の発展につながるよう、貢献していきたいと考えています。
(鍋岡調査役 京都府派遣)