クレアシンガポール事務所主催の海外経済セミナーの内容について、最終回は「海外展開における自治体の体制づくりと今後の東南アジア市場での展開の可能性」をテーマとしたパネルディスカッションの内容をお伝えします。今回のパネルディスカッションのメンバーは、シンガポールにおいて長年単独事務所を運営している自治体、昨年度新しく単独事務所を開設した自治体、クレアの事務所に駐在員を置いている自治体、そしてクレアに派遣している自治体の職員です。
このテーマでは自治体が今後の海外展開を視野に入れた際の、海外事務所の在り方という点に着目した議論が行われました。
静岡県は長期に渡ってJETROシンガポール事務所に職員を派遣していましたが、近年では観光・交流や物産の振興など活動の幅を広げているため、2013年6月に単独事務所を開設しました。JETRO内事務所では、JETRO職員や他県の駐在員、国の外郭団体職員と定例ミーティングなどを通して情報を収集できるというメリットがありました。
他方、単独事務所になることによって交流を目的とした事業や観光における広告支援など事業目的の幅が広がるというメリットがありました。情報収集についてはJETROやCLAIR、JNTO、シンガポールの政府機関であるIE Singapore(国際企業庁)やSPRING(規格・生産性・革新庁)等の組織とネットワークをいかに維持するかが重要となります。
高知県シンガポール事務所は長年単独事務所の形態で運営しています。所長には商社のOBの方を採用しており、副所長は県職員が駐在しています。海外で商談をする際、人事異動で担当が替わってしまうとその後の関係を継続していくことが難しいという課題がありますが、高知県においては戦略的に人事異動を少なくしたという点が特徴的です。地域特産品の売り込みや企業誘致などの人脈の維持が欠かせない部署については、長期的な視点で人を育てる体制づくりが重要です。
また、現地で売り込みをするにあたり、海外でニーズのある県産品を県内で調整してピックアップしてくれるパートナー的な人材が不可欠であるため、本庁でも海外事務所の状況を理解しながらチームプレーで営業活動を行える体制を整えています。
長野県は、現在クレアシンガポール事務所に駐在員という形で職員を配置しており、観光誘致や販路拡大に加え中小企業等の活動に対する支援が主な業務です。営業については基本的に民間でやってもらい、財政的な支援や海外展開に関するアドバイス、情報収集などの後方支援を主に行っています。自治体がシンガポールに単独で事務所を構えると経費が非常にかかるという懸念がありますが、クレアに駐在員を置く場合、派遣元自治体の業務に専念できるうえ、単独事務所を開設・運営することに比べ経費を安く抑えられる点が大きなメリットです。
北九州市はクレアシンガポール事務所の職員として派遣したため、派遣元の業務を行うことを目的としたものではありません。しかしシンガポールには様々な自治体の方がいろんな課題をもって訪問しており、それを通じて日本の情報が得られる点や、日本の自治体の代表という立場でシンガポールの政府関係者と会えるなど、クレアでの研修は非常に有意義なものとなりました。クレアは世界に7つの海外事務所構えており、自治体のターゲットとなる国によって派遣する事務所を選択することができます。
海外での日本の自治体のPRを行う際、地域間連携というものが日本各地で出てきており、それぞれの置かれた地域によって状況も異なります。
パネルディスカッションの最後のテーマとして、海外に進出する際の連携のあり方について議論が行われました。
いずれのパネリストも観光PRの面で広域的な取り組みを行うべきとの意見で大きく一致していました。
静岡県では東南アジアにおいてとりわけ訪日旅行者が多いシンガポールやタイにおいても、静岡県はあまり知られていないため、観光面では連携した方がよいとの考えです。ただ、静岡を通過して富士山を見るだけという旅行商品が多く、広域での旅行商品の造成の際に組み込んでもらうことが難しい面があります。
高知県については、PRのために訪問した現地の旅行会社の責任者から、単独の県ではなく四国全体としての情報を求められた経緯があり、県だけではなく四国ツーリズム創造機構の持つ四国全域の情報をもって商談を行う必要がありました。
また、長野県については国際空港がなく、海外からの旅行者は必ず他県の国際空港を経由しなければならないため、他県との連携は非常に重要です。更に、詳細な観光の情報を伝えることが出来るのはやはり地元を知っている人ですので、特にインバウンドを行う際には長野県内の市町村との連携も重要と考えています。
最後に北九州について、シンガポールの学生から日本のモノづくりの現場見学や公害を克服した日本の状況について学習したいとの要望を捉え、モノづくりを基盤とした環境先進都市の強みを活かし、修学旅行の誘致に取り組みました。また、旅行先が一つの市だけではどうしても魅力が薄いので、北九州市と別府市、大分市、熊本市の4都市での広域でのPRも行っています。
地域産品のPRに関しては重要性を認識しつつも実際に連携することは難しいという議論がされました。知名度という背景を前提に考え商品の生産地にこだわりを持つ日本の売り手と、日本の地名についてまだ十分に浸透しておらず、良質な日本の商品であれば産地にはこだわらないと考える現地の買い手とのギャップがあります。
実際に静岡県がシンガポールにミカンを売り込んだ際、同時期に他県も売り込みをやっており、価格競争をさせられていたということもありました。自治体の物産フェア等において、産地の異なる同じ種類の産品を自治体が個別に売り込みをかけることは、市場のパイを奪い合う結果となっています。果物や野菜など産地の異なる類似の商品について、端境期をうまく使い時期をずらしながら出荷するなど工夫し、個別ではなく広域で協力しながら継続して供給できる体制を築くことが理想的です。新しい商品の販路の開拓の選択肢の一つとして、楽天シンガポールのeコマースの活用も挙げられます。
自治体が海外進出する場合、地域の総合力を発揮する必要があるため、人事もそれに配慮して計画的に各部局横断型の体制をつくり、海外経験豊富な人材を育てていくという戦略が重要になります。また海外に職員を派遣する意義については、現地の方とのコミュニケーションを密にできる体制を整えておかなければ現地に根付くということは難しく、現地に拠点を持ってすぐに会えるという点がやはり重要です。特にシンガポールはASEANの国々に2時間以内で行けるというメリットが非常に大きいと感じます。
日本の産品の海外展開の取り組みについては毎年新しいものが出てきており、例えば物産に関しては毎年10月にオールジャパンの日本食総合見本市である「Oishii JAPAN」があります。また楽天のeコマースについても新しいチャレンジです。国際競争の分野で勝負していくには、地域別にではなく一つの商品としてラインナップしてジャパンブランドとして勝負していかなければいけません。
インバウンドに関しては、円安の影響等もあり今東南アジアで日本の旅行は非常に人気が出ており、この絶好のチャンスを捉え、より多くの東南アジアの国の方に日本に来ていただき、ゴールデンルートだけではなく、いかに各地域の持つ魅力を知ってもらえるかということを今まさに我々が示していくべきと考えます。
東南アジアでは、訪日旅行や日本食ブームが到来しており、日本が身近なものとなっています。ただ余程のインパクトを与えない限り、自治体単独で認知度を高めることは非常に難しいと感じます。
また、訪日旅行に関しては一つの地域に留まらず、例えば九州一周など複数の地域を回って旅行を楽しみたいという要望が多く、それらのニーズに対応するためには単独での自治体のPRでは限界があるため、広域での取組が必要となります
自治体ごとに地域に強い思い入れがあることから、自治体による広域でのPRは難しい部分もありますが、現地のニーズを考えると効果はおおいに期待できるので今後さまざまな形での広域的な連携が増えていくことを期待します。
(宮﨑所長補佐 佐賀県派遣)