クレアシンガポール事務所では、2014年8月26日(火)から29日(金)にかけて、「シンガポール政策研修プログラム」を実施しました。
この事業は、地方自治体の職員等を対象に、先進的な施策で注目を集めるシンガポールにおいて、自治体における施策の企画立案等に直結するテーマに特化して日系政府機関、現地政府機関、現地企業等を訪問し、視察や意見交換等を行うことにより、地方自治体における政策の企画立案に必要な知識を習得する事を目的に実施するものです。
今年度は、前半を「観光インフラ整備戦略コース」、後半を「自治体の訪日誘客・海外販路開拓コース」として実施しましたので、その概要を報告します。
シンガポールの南部に位置するセントーサ島は、ファミリー、レジャー客をターゲットとする一大リゾートエリアです。ユニバーサル・スタジオ、水族館、6つのテーマホテル等を有する総面積49万㎡の広大なエリアにはシンガポールで初めて開設されたカジノもあります。この巨大リゾートの開発を請負ったのは世界各地でカジノ事業を運営するマレーシア企業ゲンティングループで、施工には日本の建設会社鹿島建設も携わっています。
後述するマリーナ・ベイ・サンズとの2つの統合リゾート施設により、減少傾向にあったシンガポールの観光収入は一気に回復、両カジノ合せてシンガポールのGDPの1.6%となり、今では観光の柱となっています。
ベイエリアの都市開発について、歴史、コンセプト、未来像を紹介しているギャラリーです。狭小な国土を少しでも広げるために埋め立てられたエリアは、もともと海岸沿いに位置していた金融街の延長線的な役割を持つことになり、その成長は現在世界中に知られるまでになったことが分かりました。
埋め立てを始め、インフラを整備し、投資を呼び込み、官民が連携して進めてきたこの開発は、現在の景観に至るまで約30年かかったということですが、シンガポールの政策の特徴である、将来を見据えた計画の下に進められているため、今後投資を呼び込むスペースには既に生活インフラが整備されており、住居、ビジネスといったあらゆる目的に対応できます。
統合リゾートであるマリーナ・ベイ・サンズで働く従業員の合計は約37,000人で、雇用創出や経済にも大きく貢献しています。
利益の約80%はカジノによるもので、外国人はパスポートを見せれば無料で出入りできますが、シンガポール人は24時間でS$100の入場税を支払う必要があります。また、カジノ売上げに対する課税率は政府によって決められていますが、一般エリアに対しては売上の15%、VIPエリアの売上に対しては5%と分けることにより、カジノ側が富裕層を取り込むことのインセンティブとしています。
MICE施設の一つであるボールルームには最大で6,000人が会食できるスペースがあり、コンサートや授賞式等の使用形態に合わせて食事、音響、通訳等ワンストップサービスを提供しています。また、セールス部門では、利用者の利便性を考え、ホテルの宿泊とMICE施設を一体で売り込んでいるとのことです。
シンガポール航空の概要についての説明とキャビンアテンダント等のトレーニング施設の視察を通して、世界的に高い評価を受けている同社におけるブランディングの取り組みについて説明を受けました。以下は説明していただいた同社副社長のHee氏の言葉を借りたいと思います。「同社では、1972年の会社設立以来、『A great way to fly』という理念を変えていません。会社として成功するためには、ブランドイメージの確立による他社との差別化が大事です。ブランドを確立するためには、継続した取り組みが必要となります。例えば、同社では女性キャビンアテンダントの制服は設立以来変わっていません。そして、ブランドイメージ通りに信頼され続けるために、グローバルに広げること、モダンでベストな機材をそろえること、最高のサービスを提供することの3つに優先して投資しています。こうしたブランド確立の取り組みは、自治体のブランディングにも同じ事が言えると思います。」
シンガポールの東に位置するチャンギ国際空港は、1981年に24時間空港として開港しました。2014年8月現在、当空港は約104の定期便が就航しており、世界約73カ国の302の都市を結んでいます。
利用者はほぼ右肩上がりで推移しており、2013年は過去最高の5,370万人となり、世界でも有数のハブ空港としてその地位を確立しています。なお、乗客のうち30%がトランジットでの利用となっています。当空港は優れた施設と質の高いサービスを誇っており、その効果もあってシンガポールは人・モノ・カネのハブとして、世界の中でも確固たる地位を確立しています。
チャンギエアポートグループ(CAG)は2009年7月に民間航空庁(CAAS)から分離独立して民営化した組織で、空港の運営や管理、飲食店や小売店といった商業分野の管理、航空ハブとしての開発を進めています。
イギリスの権威ある航空サービスリサーチ会社、スカイトラックスによるワールド・エアポート・アワード2014において、シンガポールのチャンギ国際空港は2年連続でベストエアポート賞を受賞しています。CAGは現状に甘んじることなく、更なる利用者の増加を見越し、それに見合った成長戦略を練っており、新たににターミナル4の建設や、ターミナル5(通称ジュエルプロジェクト)の計画を進めています。
ジュエルプロジェクトが完成すれば、空港は航空機の利用者だけでなく住民にとって休暇などを過ごせるシンガポールのアイコン的な場所となり、最終的にシンガポールという国の魅力につながり、より多くの人が訪れることが期待されています。
STBはシンガポールの経済成長を牽引する有望な観光業を発展させるべく、通商産業省の管下に1964年に設立された法定機関です。
シンガポールへの来訪者は、2002年以降、2003年のSARS及び2009年の世界金融危機の影響を除くと、一貫して増加傾向にあります。2013年の来訪者数は1,560万人、観光収入は235億米ドルと、いずれも2002年(来訪者760万人、観光収入88億米ドル)の2倍以上となっています。
STBでは、2013年に観光業が次なるステップを進むための道筋をまとめています。現状として、旅行者の成熟や周辺国の台頭に地域間競争の高まり、人材成長の鈍化、旅行者の住民に対する影響力の増加があります。これらに対し、STBは「高品質のツーリズム」をキーワードに、経済を牽引する産業、高収益かつ画期的な産業と雇用創出、地域振興を目指しており、観光業を持続的な成長産業へと主導することが期待されています。
中小企業等の海外販路開拓支援を行っているJETROシンガポール事務所より、シンガポールにおける日本食品市場の可能性について説明いただき、自治体の海外販路拡大に向けた理解を深めました。
シンガポールの食品市場の特性として、(1)輸出は容易だが、継続販売は難しい(新商品の2/3は3年以内に撤退。商品のライフサイクルが短い)、(2)基本的なものはすべて揃っており、差別化が必須である、(3)良いものにはそれ相応の対価を支払う、(4)周辺国へのショーケースの役割を持つ市場である、(5)娯楽が少なく、食べることに関心が強い、という特徴があり、自治体が効果的な食品販売を進めていく上では、これらの点を踏まえて販売促進を図る必要があります。
また、今後、更なる海外販路拡大開拓を進めるためには、(1)現地の嗜好(ニーズ)の適切な把握、(2)市場のニーズにあった商品開発、(3)市場の創造(需要を作る)、(4)現地の人々の手の届く価格帯、(5)産地間競争を避け、市場を大きくする取組の推進、(6)取引規模のイメージ(ニッチを目指すか、マスをとるか)(7)海外の現地パートナーの協力(一緒に販路開拓)が大切です。
伊予銀行は海外に1か所の支店と3か所の駐在事務所を持っており、その中でもシンガポール駐在事務所は2012年4月に開設され、顧客からの様々な調査要望や相談等に応じています。また、同年10月には、愛媛県と「地域経済の持続的な発展に向けた連携・協力協定」を締結し、海外における県産品の販路開拓支援やビジネスマッチングをはじめ、観光振興や創業・企業の支援などを通じて活力ある産業の振興に両者で取り組んでいくこととしており、2013年4月からは、愛媛県職員が同事務所に派遣され、東アジアにおける販路開拓のための県内企業支援や、県内産業・観光のPRなどを行っています。
愛媛県のように海外に進出している地元の地方銀行と連携し、お互いのネットワークを活用しながら地域の発展に取り組む事例は、今後の自治体による海外展開支援の参考となるのではないでしょうか。
伊勢丹シンガポールは1972年に同社の初の海外店舗として、また、シンガポールにおける初の日系百貨店として開業し、シンガポールを代表する百貨店の一つとなっています。シンガポール国内に6店舗(総面積43,026㎡)を展開しており、今回の研修プログラムでは、伊勢丹シンガポールの旗艦店であるスコッツ店を訪問しました。日本人が顧客の多数を占めていた数年前から状況は変化しており、顧客の約6割はシンガポール人となっています。年間を通じて日本各地域の物産フェアが開催されており、なかでも最大の規模となるのは北海道フェアです。
顧客のニーズは安全安心を基本にして、健康志向の日本食へのニーズがさらに拡大すると見込まれています。さらに、訪日旅行客の増加を背景にして、日本で本物に触れたシンガポール人顧客がそれをシンガポールで探す傾向があり、本物本格志向も進んでいます。このため、日本産というだけでなく、「みかん」と言えば愛媛県産、「和牛」と言えば鹿児島県産のように、こだわり産地産を売り込むステージに到達しているとのことです。また、日本では老舗であっても海外では知名度が無いことから、大切なのは美味しくてなおかつ価格を上回る価値を持っているかどうかとの指摘がありました。
最新の消費者動向や同店の今後の展開を説明いただくことにより、シンガポールにおける日本食品の販売戦略の重要性及び取組みに関する理解を深めることができました。
Ban Choon Marketing社は青果物を主に取り扱う輸入業者で、シンガポールの大手ローカルスーパー NTUC FairPrice Finest の全14店舗に生鮮食品を卸しているほか、国内に2店舗自社スーパーを持ち、高所得者層をターゲットにした高級食材を販売しています。当日はブリーフィングに合わせて、同社の経営するスーパーマーケットFour seasonsも視察しました。同社は日本からも多くの食材を輸入しており、果物、野菜、キノコといった生鮮食品以外にも、だしやドレッシングなど日本独特の商品もシンガポール人へ向けた提案を行っています。また、宮崎フードフェアや沖縄フードフェア等、これまで日本の自治体と連携したプロモーション活動を度々実施しています。 シンガポールで販売されている日本食品は、味や安全性には高い評価を得ているものの、近隣のアセアン諸国から輸入した食材に比べると約2倍の価格になっていることから、日本食材がより多くの人の手に届くようにするためには、分量を調整して価格を下げることや健康増進の食材といった付加価値をつけるような取組が必要とのことでした。商品に添付するレシピカードやパッケージの方法だけでも差別化を図ることができるとの示唆もあり、シンガポールのマーケットニーズにあった商品開発やプロモーションが必要であると感じました。
2013年は訪日外客数全体が初めて1,000万人を突破しました。ASEANからの訪日外客数については、タイ、シンガポール、マレーシア、インドネシア、フィリピン、ベトナムの順で、合計100万人を超えています。
ASEAN地域では年に2回程度一般消費者向けの国際旅行フェアが開催され、旅行会社はパッケージツアーや航空券を販売し、各国政府観光局はプロモーション活動を行っています。旅行フェアでは期間限定の特別料金や特典が用意されるため、この場で商品を購入するのが定番でしたが、2010年以降来場者数は減少傾向にあり、インターネットなどでの購入が主流になりつつあることを示しています。しかし、このような状況でも旅行フェア期間中の訪日旅行商品の売り上げは増加しており、訪日旅行の人気の高さを伺うことができます。
日本の地方が外国人観光客の誘致を行う際、重要なことは、①魅力ある観光商品の提供、②現地までの交通手段や宿泊施設に関する情報、③お得感のある商品の3つです。岐阜県は交通手段と宿泊をパッケージ化して地方でしかできない体験を組み合わせたプランの販売や、中部国際空港からのレンタカーと高速道路を連携させた高速乗り放題プランを開発して、渋滞を気にする必要のない地方ならではの旅行ができるようにしたことなどが奏功し、確実にシンガポールでの認知度を高めています。
他にも、高知県は定置網漁見学や食の体験交流型観光を現地旅行代理店と連携して実施したり、愛媛県は富裕層の間でサイクリング人気が高まるインドネシアでしまなみ海道サイクリングツアーのプロモーションを行って人気を集めた事例など、他の自治体にも大いに参考になるであろう地域の強みを生かした商品開発の取組み事例が紹介されました。
JTBは、近年急速に注目度が高まっている訪日旅行事業の分野で長年ビジネスを展開しており、豊富な経験と海外ネットワークを生かして、シンガポールからの訪日誘客も行っています。
東南アジア市場において訪日旅行が拡大している要因としては、これまで団体旅行が主流であったところ、ここ2~3年の間でLCC(格安航空会社)と宿泊予約サイトが登場したことにより、リピーターを中心に手軽で安い個人旅行(FIT)にシフトしていることが挙げられます。
FITの組み合わせは、航空券と宿泊であるため、まずは、「この場所に行ってみたい」や「この料理を食べてみたい」など、旅行の行先と成り得るものをいかに紹介できるかが重要です。また、目的地周辺の宿泊予約ができるように世界的に展開している宿泊予約サイトに掲載してもらうことも必要です。一方で、価格を重視するFITによる個人旅行者以外をターゲットに、パッケージツアーでしか体験できない付加価値を付けた旅行商品を旅行会社と連携して作成し、誘客に取り組む自治体もあります。
日本の地方においては、県単独ではなく広域的に魅力ある観光地を絞って外国人観光客にも一言で伝わるキャッチフレーズ(「スノーモンキー」、「スノーモンスター」等)で釘付けにして「点」を作り、それに付随する食や宿泊を「線」で結ぶ取り組みが効果的であることや、宿泊して滞在してもらうためには、英語表記での体験プログラムや英語によるおもてなしも必須であるとの指摘があり、自治体とイベント・プロモーション事業等で連携した経験を踏まえた視点から、シンガポールをはじめとする東南アジアからの誘客ノウハウについて説明いただきました。
NATASは年に2回(8月・2月)開催されるシンガポール最大の国際旅行フェアで、世界中から政府観光局や旅行会社などがブースを出展し、誘客活動を行っています。
JNTOシンガポール事務所は毎回日本パビリオンを設けてブース(今回は20団体が出展、うち14団体が自治体や関連機関)を構え、総合的に日本の魅力を発信しています。本研修プログラム参加者は、ひとり45分ずつ日本パビリオンの総合窓口であるJNTOのビジットジャパンブースに入り、日本全体の案内やブースを出展していない地域の情報提供を行いました。
訪日旅行に興味のある人がお勧めの場所を聞きに来たり、何度も訪日旅行経験のある人が更に詳しい情報を聞きに来たりと難しい質問も寄せられましたが、参加者からは貴重な経験となったとの感想が聞かれました。
このほか各自で旅行代理店や他の国の観光局が設けたブースなどを見学し、各旅行会社が売り出している訪日旅行パッケージツアーの目的地や、価格設定などをチェックしてシンガポールの訪日旅行状況やニーズを収集しました。
今回の研修プログラムには、「観光インフラ整備戦略コース」と「自治体の訪日誘客・海外販路開拓コース」を合わせて16名(一部参加含む)の自治体職員が参加しました。
参加者からは、「クレアならではのネットワークを活用した視察コースで非常に良かった。」という声や「シンガポールや東南アジア各国の情勢を学べ、他県等の海外戦略も垣間見ることができ、海外戦略に直接関与していない私にとっても学ぶことの多い研修だった。」との感想も聞かれ、高い評価をいただきました。
当事務所としては、今後も日本の自治体等職員にシンガポールを視察いただき、政策の企画立案につながる充実した研修プログラムを実施していきたいと考えています。
来年度の「自治体の訪日誘客・海外販路開拓コース」については、平成27年7月上旬から中旬ごろに2日間の日程で実施を予定しています。詳細につきましては、クレアメールマガジンや通知等によりお伝えいたします。
(鈴木所長補佐 東京都江東区派遣)
(仲田所長補佐 大阪府堺市派遣)
(宮﨑所長補佐 佐賀県派遣)
(宇佐所長補佐 宮崎県派遣)
(与那嶺所長補佐 沖縄県派遣)