クレアが実施している自治体国際協力専門家派遣事業は、日本の自治体職員を現地に派遣し、講義や実技を通して日本の地方自治体が持つ行政のノウハウを伝える事業です。海外の自治体などの行政資質と技術力の向上、人材の育成に資するとともに、日本の地方自治体と海外の地方自治体との友好協力関係の強化を目的としています。
今回は3月5日(月)から3月9日(金)にかけて、文化財保護の専門家として奈良県職員をフィリピンのビガン市に派遣しました。
ビガン市は、フィリピン北部のイロコス・スル州南部に位置する市で人口は約5万人、スペイン様式の建造物を多く残す街並みがユネスコ世界文化遺産に登録されている場所で、世界中から多くの観光客が訪れる都市です。ビガン市が抱える課題は主要産業である観光産業を構成する数多くの建造物やその他の文化財を災害からいかに護り、また、発災時にそれらに対しどのような対応を行うべきなのかといった手法が明確化されていないという点です。そこで今回は、数多くの文化遺産を有し、それらの保存等を行う職員を擁する奈良県より専門家を派遣したものです。
専門家はビガン市内の関連施設などの視察を行った上で講義を行い、その後の参加者からの質問に丁寧に回答しました。講義の中で伝えたテーマは大きく分けて下記の三つでした。
(1) まずは災害を知り、被害を減らすことを考える
ひとえに災害と言っても、その種類は数多くあります。ビガン市の職員たちの頭にまずあったのは地震による文化遺産(主に建造物)の被害をいかに防ぐかということでした。そこで、まず専門家から日本の災害の種類とフィリピンとの類似点について説明がありました。大雨による洪水や火災も災害であり、地震の被害だけでなくそれらの災害対策も現状のままだと課題が多いことが伝えられました。また、日本では東日本大震災以降、「防災」の観点だけではなく、「減災」というワードが主流となっており、完璧に防ぐことは難しいため、被害をいかに減らすかという意識で取組むことが重要であるという意識の共有が図られました。
(2) 事前体制(計画)の準備と近隣市町村等との連携体制の構築
スムーズな初動体制を可能とするため、文化財の保護についても発災後に何を行うかを考え始めるのではなく事前に計画を持つこと、自分達の地域のみで対応することは困難なため、より広い地域で連携し助け合う体制も事前に構築しておくことの重要性について、文化財災害予防計画、関西広域連合、文化財レスキュー事業(実際に東日本大震災時に被害を受けた文化財を修復した事業)の紹介と併せて説明がありました。
(3) できることを考え、始める
ビガン市の建造物では、レンガとセメントによる外壁や木の柱が多く見受けられます。専門家より、複数種のセメント等で構成された外壁は水分を吸収し脆さも出てくるため強度の面で課題があるという指摘や、東日本大震災のスライドを用いての文化財応急対策のアドバイスもありました。しかしながら、文化遺産としての価値を残しながら外壁など建物の強度を上げ、災害に耐え得るものにする修繕を行うことは時間もお金も非常にかかり、難易度は高いです。
そのため専門家からのアドバイスとして、まずはできることを一つでも始めることの大切さ
が伝えられました。例えば、教会や歴史的建造物内にある展示物も価値ある文化財であり、そのような展示物の多くが高い位置に保管されているため、固定したり転倒をしないように低い位置に展示したりするといったことや、建造物の漏電火災を防ぐためにコンセントプラグ周辺の手入れや入れ替え、床や柱が腐敗しないように日頃から換気を良くし湿気を貯めないといった提案があり、受講者達はそれならば可能だと頷いていました。また、展示物の転倒防止や火災防止は自分たち自身の身を守ることに繋がり、命あっての文化財保護であることも伝えられました。
今回の専門家派遣事業の参加者はビガン市の消防部局、都市計画部局、観光部局といった行政に加え、市議会、大学教授、街の建物の所有者(市民)も参加しており、講義後のディスカッションなども積極的な意見が多く、市全体で今後のビガン市を守っていく雰囲気がありました。
建造物の材質や日本で文化財の保存等に用いる機器などの専門的なアドバイスもありましたが、専門家から一番重要だと述べられたことは、街の文化遺産の大切さを市民全員で共有し、市民ひとりひとりが守っていく意識を持つということでした。それを聞いた参加者からは、小学校でビガン市の文化財についての授業を行
っても良いのではないかという声もあり、一歩一歩できることから進めていくという意識が高まったと感じました。
今回の専門家の派遣を契機にこういった議論や積極的な行動が増え、世界遺産という市民の心の拠り所であるビガン市の素敵な街並みが、いつまでも残り続けていくことが期待されます。
自治体国際協力専門家派遣事業は、国際交流、国際協力のみならず海外への自治体PRにもつながります。自治体の皆さまにおかれましては、ぜひ同事業をご活用ください。
(参考URL:http://www.clair.or.jp/j/cooperation/special/index.html)