◆シンガポールの言語は?
シンガポールでは、憲法において各民族・言語・宗教などを平等に扱うよう
規定されています。政策全体に渡って民族調和の観点が盛り込まれ、国民を中
華系、マレー系、インド系、その他の4つの民族に分類し、それぞれの文化・
宗教などを尊重しながら、同時に各民族が1つのシンガポール国民としてのア
イデンティティも獲得するよう、差異化と統合のバランスを図りながら各種の
施策を行っています。
言語においても、中華系民族、マレー系民族、インド系民族という3大民族
の間の調整を図るために、英語、華語、マレー語、タミル語の4つの公用語が
設定されています。英語は、国際経済都市としての発展のためというビジネス
的な側面と、国民の一体性を高めるための共通語としての統合政策的な側面に
より設定されました。
◆バイリンガル教育
学校教育においては小学校1年時から英語と各民族の母語を学ばせるバイリ
ンガル教育が実施されています。教育省はバイリンガル教育を「シンガポール
の教育システムの根本理念」に掲げ、グローバル化、激しい競争経済の中で、
子供達に優位性を提供するものであるとして、幼い頃に英語と母語を学ぶ機会
を与えられなければならないとしています。加えて、認知科学における最近の
研究から、バイリンガルはクリティカルシンキング、マルチタスクに優位性を
持つことにも言及しています。
教育省は、就学前の言語発達にとって簡単に言語を習得できる重要な時期に、
母語学習への継続的な取り組みが必要であるとして、言語学専門家を中心にフ
レームワークを開発し、母語のリスニングとスピーキングのスキルの基礎を築
く事など、K2(幼稚園年長)で達成すべき学習目標を設定しています。特に、
シンガポールの複雑な社会言語環境が考慮され、友人、家族、地域社会とつな
がるため、母語を通して民族文化を紹介することの重要性が強調されています。
◆ローカル幼稚園の取り組み
では、就学前の教育はどのようなものでしょうか。クレアシンガポール事務
所近くのローカル幼稚園では、カリキュラム全体を通じて英語が使用されます
が、華語が毎日1時間30分確保されています。多様性の受容をミッションとし
て掲げ、国旗の色をドレスコードとする「ナショナルデー」を設け、その国の
郷土料理を調理する、国歌を歌うなど、国際感覚の醸成と異文化の理解を促進
しています。
シンガポールは、国際横断学力テストで世界1位を獲得するなど、学力の高
さが目立ちますが、各民族の違いを互いに尊重する姿勢を幼少期から身に着け
させている点も注目されています。
◆終わりに
バイリンガル教育の見解はさまざまありますが、シンガポールは国レベルで
の多言語社会構築を目指す政策転換や教育的介入により、母語を残しながらも、
さまざまな民族が英語を使いこなす社会を築き、結果として目覚ましい経済発
展を遂げました。その政策には国家の明確な未来像があったように思えます。
多くの日本人が、シンガポールのように英語をコミュニケーションのツール
として使いこなせるようになるべきかどうかは別ですが、今後、日本は世界の
どの国も経験したことのない少子高齢化に突入することで生じる内需の減少か
ら、多くの業界は、海外に市場を求めざるを得なくなります。このような状況
により、言語的にマイノリティであることにより発生する逸失利益は、将来、
益々大きくなることが予想されています。このような不利益を未然に防ぐため
にも、諸外国の成功、失敗事例から、実効的な政策を学ぶ事が望まれます。
シンガポール事務所 所長補佐 松井